死の喪章_6

「山中君、わしは君と一緒にあの日、肩を並べて早朝の県道に出たね。その時、西の方から白いセダンが来るのを知っておったのだ。わしの目には運転している見慣れた麗子さんの顔が読み取れたんだよ。その時点では逆の方から火元が走って来ているなんてえのは全然知らなかった。わしは麗子さんが息子の雄久の五回忌の法事にわが家へ来たのだなと思った瞬間の出来事だった。あとは君の推理の通りだ。被害者が火元であることを知ったオレは、胸が絞めつけられるほど驚いた。麗子さんを救う気持ちでいっぱいだったんだ。わしは火元の首の下に落ちていた時計を君の目を誤魔化して拾い上げ、素早くポケットに隠したんだ-。これですべては終わったよ。さあ山中君、君と一緒に警察に行ってすべてを話そうじゃないか」
「源さん、僕には一つだけ、フに落ちないことがあるんだ。間柴麗子は国産のセダンを運転していた。被害者の火元の右手に10センチほどのガラスの切創があったんだが、あれは一体どういうことだろう。普通左手に時計をはめていたのなら、被害者にはガラスの傷なんてつかないはずなのになあ」
「山中君。麗子さんは昔から左利きだったんだよ。彼女は時計を右手にはめる習慣でね」
「そうですかやっぱり…。彼女は右手を窓から出して運転していたんですね。それで衝突した衝撃で右手の時計が吹っ飛んだんですね」
「その通りだよ」
時化た海は大きな波を運んでいた。

山中は思った。できることなら自分の知っているすべてのことをこの海に投げ捨てたかった。
ふとその時、波の音を縫って優しい声がした。
「お父様、やはりここにいらしたのね。麗子は山中さんがお父様を誘って、家を出た後ろ姿を見た時、もう決心していたのです」
「麗子さん」
「山中さん、もういいの。私もなにか、心の中がすーっとして行くみたい。山中さんのお陰で…。どうも有難う」
山中は今、初めてこの房総の円盤騒ぎを取材に来たことを悔やんだ。円盤なんて見つからず、見つかったのは、吉田源三一家の悲話だった。
山中は思った。
「オレがここへ来なければ、この事件に触れることも、知ろうとすることもなかったんだ」
なんだか自分が惨めに思えた。
変な念力が働いた自分を恨んだ。
源三は潮焼けで黒光りのする柔らかい手で山中の手を握り締めた。それは五年前、新宿で彼を助けた時の手とは明らかに違って、温かくふくよかな手だった。
もうすっかり陽が落ちていた暗い房総の海は怖いぐらいだった。ふと暗い空に目をやった山中は、光の流れを見た。
「あれが、ひょっとすると騒いでいた円盤かもしれない」と思った。
だったら降りて来て、間柴麗子と吉田源三を乗せて飛び去って欲しいと思った。
やがて光りは海の彼方へ消えた。

[了]

 
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