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死の喪章_5
「オレは抜け出して見せるぞ、あの沼から…。そしてダービーを目指して日本一になってみせるぞ」
周回中、幾度も自分にいい聞かせた。
「どうしても前にいる好ライバル吉田雄久をつぶすことは出来ない。そんなことをしてはいけない」
周回を重ねるごとにそれはだんだんと強くなっていった。
打鐘が始まった。鐘の響きはあたかも火元の脳天を砕くかのように容赦なく鳴り響いた。
「やれ火元、今やらぬとお前は終わりだ!友人よりも自分だぞ、やれ火元!」
さらに鐘は高まった。それは火元の心臓の鼓動のピッチにあたかも合わせるように…。三角を回った。
「だめだ!やってはいけない!」
火元は心で抑えた。だが、黒いクリップバンドで締めた脚は4.25の大ギアを無意識に踏んでいた。突然パーンという高音がバンクに響いた。黒い固りが、火元の視界から一瞬にして消えた。傍らに転った黒いユニホームの吉田の姿を見る余裕すらない場内の興奮した怒声さえも火元には自分の声援に聞こえた。
「これでオレは自由になれる。やっと掴んだ自由だ。もう馬鹿なことはしないぞ!自分が悪かったのだ。周囲の甘言に乗せられ、ちやほやされ、スター気取り立った自分が…」
火元の頭にはデビュー時のいやな出来事が走馬灯のように走った。
「おい火元、オレ達は何にもやつを殺せとはいわなかったぜ。お前のやつの消し方も拙かった。オレ達は当然、貴様が着に残ると思ってたんだ。それがなんだ。あのざまは。おまけに失格だ。お前はそれでも火元一男と呼ばれた男かよ。お陰で組の資金はがたがただ。この始末はどうつけてくれる。この木曽組にちゃんと恩返しするまでは、オレ達の目が光ってるてえことを忘れはしまいな。貴様が行くところ、全国くまなくダニのようにくっついてやるぜ」
電話は一方的に切れた。
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真柴麗子は棺の中に自分の時計を形見として入れようとしていた。
「麗子さん、それは雄久が、あなたに思いを込めて贈った時計だ、雄久のためにいつまでもはめていては頂けぬかな」
源三は低い声で麗子の右手を制した。
「でもこの時計を見ると雄久さんのことが次から次へと…」
嗚咽した美しい麗子の顔が、みるみるうちに涙で光った。
「ええ、お父様のおっしゃる通りに致しますわ。でも私はあの人を死なせた火元を許せません。絶対に。せっかく掴んだ幸せをこんな形で崩すなんて…絶対に…あまですわ…」
麗子は体を震わせ、 ハンカチで顔を覆った。
通夜の客は雄久との楽しい時を刻んだ時計だけが、真柴麗子の右手にしっかりはめられているのを見て、一段と麗子への同情が高まった。 |
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(c)2008 Yoshihiko Monji
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